大阪高等裁判所 昭和38年(う)1411号 判決 1964年4月24日
被告人 新昭光商事株式会社
主文
原判決中被告会社(右被告人新昭光商事株式会社をいう。以下同じ)に関する部分を破棄する。
被告会社を罰金一〇〇万円に処する。
被告会社から一、二四〇万〇、二五〇円を追徴する。
原審訴訟費用中、証人橋本真砂、同胸永龍一、同大野虎夫、同蚊谷伸次、同松垣俊一、同青木甚七に支給した分の七分の一、証人清水明に支給した分の六分の一、鑑定人若松重吉に支給した分の五分の一を被告会社の負担とし、証人米田文作、同山本進に支給した分は被告会社をして原審相被告人小橋博、同山本保、同長部嘉夫と連帯してこれを負担させる。
被告会社の控訴はこれを棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、検察官片岡平太、弁護人小林哲郎各作成の控訴趣意書記載のとおりであり、検察官の控訴趣意に対する答弁は弁護人小林哲郎作成の答弁書記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。
弁護人の控訴趣意について
論旨は、本件輸入の対象たる貨物は関税定率法別表一四〇五号鉄鋼の三にいわゆる軌条ではなく、同号の十所定のくず及び古のもの(改造用のみに適するものに限る)に該当し、その関税は無税である、従つて、本件貨物について関税逋脱罪の成立するいわれはないから、同貨物を右軌条に該当するとして同罪の成立を認めた原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈適用の誤りがある、というのである。
ところで、原判決の確定したところにより本件事実関係をみるのに、それは、原審相被告人小橋博、同山本保、同長部嘉夫、同和田日出男が共謀のうえ、被告会社の業務に関し、さきに同会社が外国貨物のままで譲り受け原判示日新製鋼株式会社尼崎保税工場へ搬入してあつた外国産古軌条七四二トン二二〇キログラムを同工場より搬出輸入するに際し、そのうち二四二トン一五〇キログラムを長さ三メートル以下に切断して鉄鋼スクラツプ(関税定率法別表掲記の鉄鋼のくず及び古のもの((改造用のみに適するものに限る))に該当し、無税品)化しただけで、残りの五〇〇トン〇七〇キログラムは一本の長さ約九メートルの長尺のままであるのに、あたかもその全部を切断、スクラツプ化したもののように装つて神戸税関尼崎支署係員をだまし、逐次その全部について無税品たる鉄鋼スクラツプとしての輸入許可を得たうえ、昭和三四年一二月三一日から昭和三五年一月一五日頃までの間に三回にわたり、右未切断軌条合計五〇〇トン〇七〇キログラムをひそかに同保税工場から原判示水島運輸株式会社外二個所まで搬出して輸入し、もつて、これに対する関税合計一八九万七、六六〇円を免れた、というのである。そして、原判決の見解によると、右未切断軌条は関税定率法の別表一四〇五条の三にいわゆる軌条に該当し、これについては従課税率一五パーセントの関税が課せられることとなるのである。
そこで、本件未切断軌条が、原判決のいうに右にいわゆる軌条に該当する課税品であるか、それとも所論の如く鉄鋼のくず及び古のもの(改造用のみに適するものに限る)にあたる無税品であるか、を検討することとする。
関税定率法(ただし、本件行為当時施行されていたもの、以下同じ)の別表一四〇五号は鉄鋼(別号に掲げる特殊鋼を除く)に対する関税の税率を定めるにあたり、これを、一、塊及び片、二、棒(断面が丁形、アングル形等の形状を有するものを含む。)、三、軌条(継目板を含む。)、四、線材(巻いたものに限る)、五、板、六、線(リードワイヤ、パラゴンワイヤを含む)、七、帯、八、線索、撚線及び有刺鉄線、九、管(別号に掲げるものを除く)、十、くず及び古のもの(改造用のみに適するものに限る)に区分し、一ないし九に属するものについてはそれぞれ各別に税率を定めるとともに、十のくず及び古のものについてはこれを無税とする旨を規定している。ところで、右別表一四〇五号の鉄鋼は同別表において第十四類の金属鉱及び金属のうちに包摂されるものであるところ、右第十四類の表題部分につづいて、「この類の第一四二三号以外の各号に掲げる金属で、当該各号において形状の区分がなされていないもの(水銀を除く。)は塊、片、粒、粉、棒、板、帯、線、管及び箔状のもの並びに改造用のみに適するくず及び古のものに限り、当該各号に掲げる金属に分類するものとする。」と註記されているのであつて、そこに「当該各号において形状の区分」ということばが用いられていることから考えると、右一四〇五号における一ないし十の区分は形状を基準とするものと解するのが相当である。もとより各種形状はそれぞれ当該鉄鋼の用途を考えそれに最適のものとして作出されるのであるから、形状をその用途と全く関連させないでこれを考えることはできない。軌条の如きは特にそれが新品である場合にはそうであろう。又、右一四〇五号の十がくず及び古のものについてこれを改造用のみに適するものに限る旨定義していることからも用途による区分が完全には無視されていないことがうかがわれる。しかし、少くとも同号の一ないし九の区分が一応当該鉄鋼の形状に重きを置いてなされていることは異論のないところであろう。そこで、このことを前提とし、同号の十にいわゆる鉄鋼のくず及び古のものが右の如く改造用のみに適するものに限定されていることを念頭に置いて、右くず及び古のものと同号の三にいわゆる軌条との区別の基準について考えてみるのに、およそ軌条としての用途にあてるためそれにふさわしい形状をもつて製造された鉄鋼は、その後の使用により幾分の摩耗損傷又は腐蝕を生ずるなどして本来の用途たる鉄道用等の軌条としては使用に適しなくなつても、それがなお軌条の形状を保持し、かつ、いわゆる改造用以外の用途に転用し得るかぎり、同号の三所定の軌条にあたり、同号の十にいう改造用のみに適するくず及び古のものではない、と解するのが相当である。しかも、右別表一四〇五号の立法趣旨を考慮しつつ同号の一ないし十の各区分を有機的に関連させて理解するときは、その十において「改造用のみに適する」というのは、単に当該鉄鋼に切削、鈑金又は屈曲程度の加工を施すだけで直ちに使用が可能となる場合を含まず、これを熔解し又は圧延、引き抜きを行うなど化学的ないし冶金的処理を施すことによつて初めて使用可能の状態に再生し得る場合にその再生の原材料の用にあて得ることをいうものであることは明らかである。けだし、関税定率法の別表一四〇五号の規定は、同法中にある関連諸規定及び関税法の諸規定と相待ち、国庫収入を挙げることを目的とするとともに、併わせてわが国鉄鋼事業の育成発展にも資せしめるため設けられたものであつて、その一ないし九において、軌条はもとより、棒、線材、板、線、帯、線索、撚線、有刺鉄線、管の如き鉄鋼製品から鉄鋼塊及び鉄鋼片に至るまでを課税品とし、これに一割ないし一割五分の関税を課することによつて、国内市場における内外鉄鋼業者の競争においてわが国業者を有利な立場に置きこれを保護育成しようとの配慮に出づるものであると考えられる。ただ、右一四〇五号はその十において前記のとおり改造用のみに適する鉄鋼のくず及び古のものについては特にこれを無税としているのであるが、これは、これらくず及び古のものが前記の如き再生用原材料としてわが国製鉄業及び伸鉄業の育成発展のためには必需のものであり、しかも、わが国内における供給過少の現状にかんがみ、むしろその輸入を容易ならしめる必要があるとして、これを無税としたものと解されるのであつて、これまたわが国鉄鋼事業に対する保護政策の一環をなすものである。従つて、右一四〇五号により無税とされている改造用の鉄鋼のくず及び古のものの意義も右の趣旨にそつてこれを解釈すべきであつて、所論のように、これをいたずらに拡大解釈し、軌条の如きも単にそれが鉄道用等本来の用途に適さなくなつたとの一事をもつて直ちに無税品たる改造用のみに適する鉄鋼のくず又は古のものと解するのは妥当ではない。軌条が摩耗損傷又は腐蝕によりその本来の用途に適しなくなつても、そのままで、又は、単にこれに切削、鈑金もしくは屈曲程度の加工を施すだけで、建築用材や坑枠などに使用し得るかぎり、かつ、それが軌条の形状を保持しているかぎり、それは一四〇五号の三にいわゆる軌条として関税の課税対象となるのである。そして、その摩耗等の程度が甚だしく社会通念上軌条の形状を備えていると認め難い場合であつても、それがさきに述べた意味での改造用のみに適する程度に至つていないときは、その形状に従い、たとえば、棒塊又は片などとしてなお課税対象となるものと解すべきである。
ところで、原判決挙示の証拠によると、本件輸入貨物は、約五〇年前アメリカ合衆国で軌条として製造されたもので、その後長年月の使用により品質性能はかなり低下し、特に軌条端では毀損の危険もあり、また、山だれ(軌条頭部の摩耗変形をいう)や錆も多少見られ、わが国の国私鉄ではこれを軌条として敷設使用することはできないが(規格の点からもわが国の国私鉄用には向かない)、その経年数に比し使用頻度が比較的に少なかつたためか、右山だれの程度は極くわずかで、錆も表面的なものに過ぎず、弯曲、腐蝕、亀裂などはあまり見られないので、外観上軌条としての形状に欠くるところがないこと、他方、その用途の点においては、本件貨物は、そのままで、土留め用等の建築資材として、又は落盤防止用の坑枠として(この場合には適宜の長さに切断して)、使用できるばかりではなく、起重機用の軌条としてさえ使用できるもので、いわゆる改造用のみに適するものとは到底いえず、現に、被告会社から中古レールの品名で転売され、そのままの形状で右の如き建築資材、坑枠又は起重機用軌条として使用され、十分の効用を発揮していることが認められるのである。
してみると、本件貨物が関税定率法別表一四〇五号の三にいわゆる軌条であることは明らかであり、これと同じ見解のもとに本件貨物を課税品たる軌条であると判断して被告会社に対し原判示関税逋脱罪の事業主責任を認めた原判決には所論のような法令の解釈適用を誤つた違法はなく、論旨は理由がない。
検察官の控訴趣意について
論旨は、本件犯罪貨物たる軌条は本件関税逋脱の犯行時において被告会社の所有に属していて、当時においては没収し得べかりしものであつたところ、その後売却されて第三者の所有に帰したため、被告会社からこれを没収することができなくなつたのであり、しかも、他のなんぴとからもこれを没収し又はこれに代わる追徴をしなかつたのであるから、関税法一一八条二項により被告会社から右貨物の価格に相当する金額を追徴すべきであるのに、原判決は被告会社に対し右追徴の言渡をしなかつたのであつて、この点において原判決には法令の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。
よつて案ずるに、原判決挙示の証拠によると、本件関税逋脱の犯罪貨物たる軌条五〇〇トン〇七〇キログラムは右逋脱の犯行時において犯人たる被告会社の所有に属し、そのままの状態が裁判時まで続いていたとすれば、被告会社から右軌条自体を没収することができたものであるところ、犯行後被告会社から右軌条を他に売却したため、その後悪意取得者たる原審相被告人前田重太郎から押収された後検察庁より同人に還付され被告会社の責に帰すべからざる事由により没収不能となつた七九トン七二二キログラム(司法警察員笠谷正次郎作成の昭和三五年三月一六日付領置調書、原審相被告人前田重太郎の検察官に対する昭和三五年六月一四日付供述調書、原審第一六回公判調書中の同人の供述記載、同人の原審第一九回公判廷での供述、大蔵技官長阪昭治作成の昭和三五年六月六日付犯則物件鑑定書参照)を除き、爾余の四二〇トン三四八キログラムはいずれも善意の第三者の所有に帰し、その軌条自体を没収することができなくなり、しかも、その価格に相当する金額を他のなんぴとからも追徴していないことが認められる。してみると、被告会社に対し右軌条四二〇トン三四八キログラムの犯行時における価格に相当する金額の追徴の言渡をしなければならないことは関税法一一八条二項の規定に照らし明白であり、右追徴の言渡をしなかつた原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあるというのほかはない。原判決は、被告会社に対して追徴の言渡をしなかつた理由を説示するにあたり、まず「第三者の所有物を没収する場合においてその没収に関して当該所有者に対し何ら告知、弁解、防禦の機会を与えることなく、その所有権を奪うことは適正な法律手続によらないで財産権を侵害する制裁を科することにほかならないのに関税法第一一八条第一項、刑事訴訟法その他の法令において何らかかる手続に関する規定を設けていないから右関税法第一一八条第一項によつて第三者の所有物を没収することは憲法上容認されない(最高裁判所昭和三七年一一月二八日判決)」と述べ、本件軌条自体の没収が違憲であることを説示したうえで、これを前提として「第三者所有物の没収が違憲である場合にはその没収に代わる追徴を言い渡すこともまた許されない」といい、準拠した判例として昭和三七年一二月一二日宣告の最高裁判所判決を引用している。そして、弁護人もまたこの原判決の見解を援用しているのである。しかしながら、この判例は、奥野、山田両裁判官の意見や当該判示事項に対応する各上告趣意中での記述によつてもうかがえるように、犯行時被告会社が犯罪貨物の所有者であつた本件と異り、犯人がかつて一度も当該犯罪貨物の所有者であつたことのない事案に関するものであつて、本件には適切ではなく、また、同様の理由から、第三者所有物の没収に関する判例である前記昭和三七年一一月二八日の判例の法理をそのまま本件追徴の適否の判断に借用することは妥当ではない。原判決及び弁護人の見解には到底賛成し難く、検察官の論旨は理由がある。
以上の次第で、検察官の控訴は理由があるから刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決中被告会社に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書に従いさらに次のとおり判決をすることとするが、被告会社の控訴は理由がないから同法三九六条によりこれを棄却することとする。
原判決が確定した被告会社関係の各事実に法令を適用するのに、原判示第一の一、二、三の各事実はいずれも関税法一一七条、一一〇条一項一号、刑法六〇条に該当し所定の罰金刑を科すべきところ、以上の罪は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算した金額の範囲内で、被告会社を罰金一〇〇万円に処し、かつ、右各罪にかかる貨物たる軌条合計五〇〇トン〇七〇キログラムのうち四二〇トン三四八キログラムについては前記の理由により関税法一一八条二項を適用して犯行時の価格に相当する金額一、二四〇万〇、二五〇円(この金額の計算は前記大蔵技官長阪昭治作成の犯則物件鑑定書による)を被告会社から追徴することとし、訴訟費用につき刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 笠松義資 河村澄夫 八木直道)